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江戸の性愛文化

  ■抹殺された江戸の性文化。

江戸の性愛文化のスケールの大きさと飽くなき追求には、ただただ驚くばかりである。
江戸の色道指南書を見ると、数限りない実践と観察という体験の凄まじさに圧倒されるばかりだ。
西欧の科学的な性学の研究は、日本の色道指南書の発刊よりもかなり後で、しかもハヴロック・エリスの『性心理学研究』(1897年刊)には、日本の色道指南書からの引用が各所に見られる。
戦後、ヴァン・デ・ヴェルデの『完全なる結婚』(1920年)の翻訳本が具体的な数値や体位の記述により、我が国では一斉を風靡した観があり、さらにマリー・ストーブの『結婚愛』(1918年刊)やキンゼイの『キンゼイ報告書』(1953年刊)など、一般庶民たちに大きな衝撃を与えた。
しかし、実は、これらの西欧の性学の研究に先立つこと、二百年、詳細な挿し絵付きの性愛文化百科全書が、江戸の庶民たちの目に触れていたのである。
 上方版の『好色袖鑑』(天和二-1628年)には、交合の種別や性器のランクや衆道などが述べられ、『好色訓蒙図彙』(貞享三-1686年)や『好色旅枕』(元禄八-1682年)には挿し絵が添えられて、性愛の諸相が描かれている。
江戸の中期に至ると、渓斎英泉の『閨中紀聞枕文庫』初篇(文政五-1822年)は、正確で豊富な絵図と多岐多様な性愛技法を網羅した、まさに性愛文化の百科事典と呼ぶに相応しいほどの緻密さである。
その他の性愛秘伝書については、本文中に掲示したので、参照して下さい。
 
閨房用具を網羅した棚の図
『婚礼秘事袋』(宝暦期-1756年頃)

当サイトに提示した秘具(大人のおもちゃ)の数々は、成熟した江戸性愛文化の一端である。
それを皆さんが分かるように、具体的な画像としての絵図と、性愛の智恵を示す文献と、庶民たちの実体験や本音を示した古川柳を活用しました。
このような以外と知られていいない日本の秘められた性文化が、江戸の庶民たちに浸透していたという事実は非常に興味深く現在の我々が知る事はとても重要な事と思います。
この逼迫した思いから、我が国の性愛秘伝書について公開する事としました。
 近年、アメリカの血管膨張薬であるバイアグラが世界中で話題となり、中高年の男たちが狂喜乱舞したのは記憶に新しい。
それは性愛に執着する人間の業の凄まじさであり、交合に耽溺しながらも、勃起不全に悩む男たちの執念そのものである。
しかし、その様相は、風来山人の『萎陰隠逸傳』(なえまらいんいつでん)(明和五-1768年)の洒落の世界には遠く及ばず、現代人の心象の貧しさを露呈するものである。


秘具秘薬一覧
左上より、業平吾妻形、羅廉香(催淫線香)、宿祐干満珠、加藤家朝鮮
潟(胴形)、小乙女針方(張形)、香黒不老丸(服用薬)。
右頁、左より、
道鏡鎧甲(鎧形・兜形)、十和輪玉(琳の玉)、陰陽瑞喜(肥後芋茎)、
秘女泣和(姫泣輪)、光謙帝香合(催淫練薬)、女島互形(互い形)。
『万福和合神』(支政4-1821)
  江戸の文献や絵図を味読していると、バイアグラの出現により、かえって我が国の性愛文化の深淵を痛感する事となった。
なぜなら、二百五十年以前にバイアグラに匹敵する、いやその効能を凌駕する閨房薬が存在していたからである。
「江戸時代にも、そんな薬が存在したの?」と、誰しも驚嘆の声を挙げる。
それほど、現代は江戸の庶民文化を継承していないのであり、明治以降、旧弊として江戸の諸文化は抹殺の憂き目を見るに至っている。
江戸が近くても手の届かない遠くにあるのは、時間的・空間的なものではなく、文化の断絶による隔越なのである。
 現代の西洋医学に勝るとも劣らない秘薬が、江戸時代には存在し、それを処方して庶民たちが使用していたという、夢のような虚構の世界があった事に、感嘆の念を禁じ得ない。
これらの閨房秘薬が、効能書き通りの薬効があったのか、それとも精神的な思い込みによるピグマリオン効果 (仮想的なものを本物と思いこむこと) なのか、それを実証する手だてはない。
しかし、古川柳と艶本によって描かれた臨場感には、何物にも代え難い迫力がある。
 
閨房秘具一覧
 左から、兜形、琳の輪、海鼠の輪、鎧 形、吾妻形、勢々理形、肥後芋葵、百茎摺、助計舩、姫泣、長命丸(貝殻の黒粒)
  大人のおもちゃについては、先人の著作として、『珍具入門』(中野栄三。昭和44。雄山閣。この著は昭和26年刊行の『珍具考』の改定再版である)があり、大人のおもちゃと秘薬については 『川柳四目屋攷』(未知庵主人。昭和31。近世風俗研)があるだけで、これ以外には系統的に網羅した著はない。
興味本位の蓄積の浅薄な書を多数存在するが、ここでは江戸の性愛文化の一面として、真面目に秘具(大人のおもちゃ)の具体的な表現を用いて解説した内容となっています。
 現代に「大人のおもちゃ」又は「アダルトグッズ」と呼ばれ、ネットや店舗で販売されている大人向けのグッズがある。
当サイトで取り上げた江戸の秘具が、これらの元祖であり、その系統を引く物であるという事はある意味で正しくないように思う。
江戸期の秘具は手作業であり、かつ細工人の工夫と技によるものであり、それは試行錯誤と職人技の秘具とも言える性愛文化の一側面である。
極端な言い方をすれば、江戸の秘具は芸術品である。
しかし、現代の「大人のおもちゃ」は商品そのものであり、様々な材料を使って、利益を得るための道具であって、器具というよりは器械である。             
したがって、快楽を得る道具としての「大人のおもちゃ」と江戸の閨房秘具とは、少し次元が違うのかも知れない。
 閨房秘具の楽しみを倍加させるため、江戸の人々は世界に冠たる秘薬と秘具を考案し、知恵と技術を結集した。
江戸時代という遥か昔にも、このような大きな夢が存在したのである。


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